SANEとは

SANE(サネ)について
エクアドルの子どものための友の会(SANE)は、エクアドルの子どもたちを、教育を通して支援するNGO(国際協力民間団体)です。活動の目的は、エクアドルの人々が自らの力で、よりよい社会を創るために、教育を通して協力することです。
活動地域は、エクアドルの首都キトと山間部のカヤンベ。
活動内容は、奨学生事業、教育環境改善のための学校を舞台とした事業です。
現地での活動は、現地NGOの、SOJAE(ソハエ)とパートナーシップを組んで、地域の人々と協力しておこなっています。

SANEのはじまり
歴史
始まりは、1987年エクアドルで起きた地震にさかのぼります。
飯能の自由の森学園で教鞭をとっていたJosé  Almeida (ホセ・アルメイダ 愛称ぺぺ)は、被害を受けた母国の子どもたちに援助の手を差し伸べたいと周囲の仲間たちとともに、チャリティーコンサートを開催しました。
その収益金をエクアドルのぺぺの父に送り、その資金をもとに、学校の教室を地域の住民とともに作りました。学校の子どもたちを始め、保護者や周辺の人々にとって、それは大きな出来事でした。教育環境が良くなったことだけではなく、約束を守って子どものために最後まで仕事をした人がいたことがみんなに希望を与えたのです。
これがきっかけとなって、周囲の村からも学校施設改善を期待する声が高まり、ぺぺは支援を続ける決心をしました。この時の政府は頼れる存在ではなかったからです。
ぺぺはエクアドルの子どもたちを支援するために、しっかりとした組織を作りたいと考えるようになりました。これを、多くの日本人が応援したのです。

  • 内閣府NPOホームページにもSANEの情報が掲載されていますこちら


現地パートナー団体SOJAE
歴史


SANEの歴史

1989年 SANE設立(7月22日、飯能市在住のエクアドル人ホセ・アルメイダを応援する約20人が集まった)奨学生10名支援
1990年 奨学生19名 文通開始 国際宅急便DHL協力開始
1991年 奨学生20名 教育環境改善事業開始
1993年 奨学生30名 現地出張開始
1995年 SANE青年部開設 代表理事杉田優子へ交代 現住所へSANE事務所移転
1997年 奨学生35名 エクアドルSANEとの間で資金運用について議論活発化
1999年 奨学生40名 エクアドル経済危機 預金口座凍結
2000年 奨学生44名 エクアドルSANEと分離
2001年 SOJAE設立 多くの元奨学生、元SANEエクアドルカヤンベ支部やクエジャへ支部のメンバーが設立に参加した
2003年 奨学生45名 学校菜園事業開始
2007年 法人格取得(10月23日)、設立呼び掛け人の1人ホセ・アルメイダ(ぺぺ)米国移住 SANEのシンボル的存在であったぺぺが日本を離れても大きな影響がなく活動は継続した。
2008年 専門家育成プログラムスタート、HPリニューアル、ML開設、奨学生数43名、職業訓練による雇用創出事業(以降7年間継続)
2009年 エクアドルツアー6名参加、20周年記念誌発行、記念コンサート、奨学生数42名、サネビジョンスペイン語版の発行
2010年 キト事務所移転、奨学生数43名、
2011年 奨学生数40名、社会貢献者表彰、ディエゴ・バレラSOJAE代表来日(最初の元奨学生の来日)、アジア学院訪問、東日本大震災の経験を語る冊子をスペイン語で発行しエクアドルの奨学生に届ける
2012年 奨学生数35名、アジア学院にアンドレア・コヤギージョが留学
2013年 奨学生数35名
2014年 奨学生数34名
2015年 奨学生数35名(〜現在)、植林事業、エクアドルツアー
2016年 植林事業(3年間)
2018年 日本エクアドル外交関係樹立100周年記念事業が飯能市市民会館にて行われる。飯能市カヤンベ市市長友情の文書交換、飯能市にてエクアドル週間開催。記念エクアドルツアー
2019年 JICA草の根技術協力支援事業開始(2019年3月より2022年2月までの3年間の予定)、JICA事業の一環でダーウィン・バスコネス来日研修。同時にSOJAE代表パオラ・ピジャホ、JICAエクアドル職員のアンドレス氏も来日。飯能市の保育園、小学校、中学校、高校の給食を視察、学童保育所、農家、アジア学院などを訪ねる。次世代にバトンを渡すための事務局改革が始まる。
2020年 JICS助成金で事務局改革、事務局長の交代(東城から宮地へ)


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